はじめに
学生の頃に読んだけれど、「なんだか暗い話で、何が面白いのかよく分からなかった」——。村上春樹の『ノルウェイの森』について、そんな感想を持っている人は少なくないのではないでしょうか。
実は、私もその一人でした。
日本だけでなく海外でも読まれる村上春樹の代表作で、2010年には松山ケンイチさんと菊地凛子さんの主演で映画化もされています。有名すぎる作品ですが、私は若い頃に読んだ時、その良さをまったく理解できませんでした。
ところが、年を取って社会人として働くようになってから読み返すと、この本の魅力や主人公たちの気持ちに、不思議なほど共感できるようになっていたのです。
過去に『ノルウェイの森』を読んで、何が面白いのか理解できなかった人は、ぜひこの機会に再読してみてください。これは大学生の物語ですが、学生よりも社会人の方にこそ読んでほしい作品です。
ノルウェイの森はこんな人にオススメ
社会人として働いている人
昔に『ノルウェイの森』を読み、面白さが分からなかった人
大切な人を失った経験がある人
ノルウェイの森のポイントテーマ・キーワード・魅力

孤独
生と死
歪み
あらすじ
主人公のワタナベ・トオルは、高校時代に唯一の親友だったキズキを自殺で失います。地元の神戸を離れ、東京の大学へ進学したワタナベは、そこでキズキの恋人であった直子と再会し、いつしか彼女に恋をするようになります。
しかし直子は、キズキを失った影響で心のバランスを崩していました。大学を休学し、山奥にある療養施設「阿美寮」での生活を始めてしまいます。
直子を想いながらも施設に通い続けるワタナベの前に現れるのが、同じ大学の永沢や、恋人の小林緑といったエネルギッシュな人物たちです。社会の歪み、心の歪み、そして生と死に囲まれながら、ワタナベは自分がどこにいるのか分からなくなっていく——。そんな青春の物語です。
社会の歪みと心の歪み
作中では学生運動が盛んで、ストのために大学が封鎖される描写があります。そしてストが終了したあと、このような文章が出てきます。
「おいキズキ、ここはひどい世界だよ、と僕は思った。こういう奴らがきちんと大学の単位をとって社会に出て、せっせと下劣な社会を作るんだ」
ストを決行して社会を壊そうとしていた人間が、いざ授業が再開されると急に出席数を気にし、良い会社に入ろうとする。この光景に、ワタナベはうんざりします。
歪んだ人間たちが社会に出て、歪んだ社会をさらに歪んだものにしていく。そんな社会の歪みを受け入れることができず、外の世界から逃れて内なる世界の施設で生活を送る登場人物たちが作中に登場します。
ここで印象的なのが、直子と同じ施設で暮らすレイコのセリフです。施設で暮らす彼らと、外の世界で暮らしているいわゆる”正常”な人たちとの違いは、自分が歪んでいることを理解しているか、そうでないかの違いしかない——そうレイコは言います。
この言葉を読んだ時、私は「歪みを受け入れることが、学生と大人の違いなのではないか」と感じました。社会に出れば、理不尽なことも、納得できないことも、飲み込まなければならない場面が山ほどあります。それを受け入れられるようになること自体が、大人になるということなのかもしれません。
「強くなりなさい」——レイコのメッセージ
物語の最後、ワタナベは直子をも失い、自暴自棄になります。そんなワタナベに、直子の面倒を見てきたレイコからこのような言葉が投げかけられます。
「だから辛いだろうけど強くなりなさい。もっと成長して大人になりなさい」
誰かに騙されたり、失敗して今までの地位を失ったり、家族・友人・恋人を失ったり。社会では嫌なことや不条理な出来事が多くありますし、歪んだ人間が歪んだ社会を作っていきます。それでも、強く生きていくしかない。
『ノルウェイの森』はハッピーエンドではなく、終始暗い話です。しかしレイコのこのセリフには、確かな希望を感じます。社会の歪みも人の歪みも受け入れて、私たちは成長し、大人になり、強くなるしかない。これはレイコからワタナベへの言葉であると同時に、読者である私たちへの力強いメッセージだと思います。
死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。
『ノルウェイの森』は難解で、いくつものテーマがあるように思いますが、ひとつの大きなテーマとして生と死があります。
ワタナベの周りでは、多くの人物が自ら命を絶っていきます。特にキズキの自殺によって、直子との関係性は複雑さを増していきます。多くの死によって物語は暗さを増していきますが、一方で永沢や緑といった人物のエネルギッシュさが、強く読者に印象づけられるように思います。
キズキと永沢、直子と緑——これらは対照的な男女です。
キズキは死へと向かった男、永沢はしたたかに生き抜く男。直子は心を壊していく女、緑は生のエネルギーに満ちた女。比較しながら読むと、『ノルウェイの森』は一層興味深い読書になります。
そしてこの対照的な人々の中心にいるのが、どちらにも属さない中庸なポジションのワタナベです。彼らと交流し、何かしらの影響を受けながら、物語の最後に「自分はどこにいるのだろうか」と問うて物語は締めくくられます。
死に引き寄せられる人々と、生へと突き進む人々。その狭間に立つワタナベが、どのような影響を受け、どのように人生を歩んでいくのか。それも『ノルウェイの森』の大きな魅力のひとつだと思います。
「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」——この有名な言葉の通り、本作では死は特別な結末ではなく、生のすぐ隣に、生の一部として描かれ続けています。だからこそ、残された人間がどう生きるかが、重く問われる物語になっているのです。
最後に
学生時代に読んだ時は、内容を理解できなかった『ノルウェイの森』。年を取り、社会の歪みを体験した時に、この本の魅力を理解することができました。
この作品は、読む人の年齢や経験によって、まったく違う顔を見せる小説だと思います。十代・二十代の頃に読んでピンと来なかった人こそ、社会人になった今だからこそ、直子やワタナベ、レイコの言葉が刺さるはずです。
昔読んだけれど何が面白いのか理解できなかった人は、ぜひこの機会に再読してみてください。
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