何者かになりたい病の処方箋|井上靖『あすなろ物語』lあらすじ、感想、解説

井上靖

はじめに

「自分の人生このままで終わっていいのか?」

ふとした瞬間に、そんな不安に襲われることはありませんか。

周りは何かを成し遂げているように見えるのに、自分だけが取り残されている気がする。

そんな“何者かになりたい病”を抱えた人にこそ読んでほしいのが、あすなろ物語です。

「何者かになりたい」「自分にしかできない大きなことを成し遂げたい」。

多くの人が、一度はこの欲求に突き動かされたことがあるのではないでしょうか。本作は、そんな一人の少年が「いつか自分は大きなヒノキ(大志を成し遂げる)になる」という思いを抱いて成長していく姿を描いた作品です

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自分が本気でやりたいことを、人生をかけて取り組めていますか。人生における覚悟を決めた青年の物語です。

あすなろ物語はこんな人にオススメ、テーマ

芋粥
芋粥

何者かになりたいと悩んでいる人

劣等感を抱いている人

『あすなろ物語』のあらすじ

物語の主人公・梶鮎太(かじ・あゆた)の少年期から新聞記者としての社会人時代までを時代毎にわけてえがかれています。

あすなろとは、明日はヒノキになろうと願いながらも、ついにはヒノキになれない木のことを表しており、鮎太は人生の節目で、理想と現実のギャップに悩み、自問自答しながら、激動の昭和を歩んでいきます。

「何者かになりたい」という呪縛からの解放

現代の若者が「何者かになりたい」と願い、都会へ出ては挫折し、人生に絶望する。

そんな構図は今に始まったことではなく、戦前から変わらぬ人間の本質なのだと痛感させられます。

私たちは生きる上で、どうしても「何者か」という肩書きや成功を求めてしまいます。

作品の中でも鮎太を始め多くの登場人物が、将来自分は何者かになりたい、という強い気持ちを抱いていますが、作品を読み進めるうちに一つの疑問が浮かびます。

「結局、何者かになれる人は一握りであり、そもそもなる必要なんて、ないのではないか?」

この作品では鮎太を含め、登場人物の多くが結果的に華々しい成功を手にするわけではありません。

理想と現実のギャップに悩み、足掻くこと自体が「生きる」ということであり、他人から認められることや「自分にしかできないこと」を探す以上に、「自分がどうあることが幸せか」を見つめることが重要なのではないでしょうか

鮎太を成長させる女性たち

この作品の魅力の一つは、鮎太の前に現れる数々の女性たちです。

作品中では物語の節目に特徴的な女性が出てきては鮎太の価値観を変えていきます

意中の大学生と心中し鮎太に大きな影響を与えた冴子

勉強だけでなく快活さを教えた雪枝

そして理想の女性像を植え付けた信子

彼女たちは、未熟な鮎太にとっての教育者であり、時に超えられない壁となります。鮎太は彼女たちとの出会いと別れを通じて、一方的な「大志」ではなく、人間の複雑さを教えていきます。

学校の先生や親族ではなく若い女性が鮎太の教育者である、という構図もあすなろ物語を読むうえで重要な要素だと思います。

井上靖が描く「劣等感」の正体

井上靖文学において「劣等感」という言葉は、切っても切り離せないキーワードです。

井上靖の経歴をみたら誰もしが羨むような経歴ですが、彼の中で受験の失敗等を通して劣等感というのが精神の根幹にあったのかもしれません

その影響からか今作品だけでなく、中国を舞台にした井上靖の代表作である敦煌にも劣等感が投影されている部分がみえます。

私は劣等感を抱く主人公、何者にもなれない主人公達をみて逆に

「人生こんなもんだろう」と逆に心が軽くなる気がしました

「自分は本物(ヒノキ)ではない」という自覚から来る痛みは確かに辛いものがありますが、

この「劣等感」を抱えたまま、それでも明日を生きる。

そこに人生の難しさと決して満たされない感情がありますが上手く付き合って行くしかないなと思わされました。

おわりに

正直にいえば私はこの本を読めば「何者かになりたい」という満たされない欲に対して何かをヒントのようなものが与えられる甘い希望を抱いて手に取りました。

先ほども書いた通り作品中では何かを成し遂げたい、出世したい若者が出てきますが、結局彼等が華々しい成功を成し遂げてはいません。

しかし個人的に思ったのはこの何者かになりたいと、考える必要はないという反面、人間は何者かになりたいという欲望が明日を生きる希望に繋がるということです。

学生時代の鮎太たちは大人になり何者かになりたいと仲間と熱く語り合う。

戦争中では皆が絶望しだれもそのような気持ちが抱かなくなるが、戦争が終わると今迄の暗い気分を吹き飛ばしなんとか成り上がろうとする日本人が描かれています。

「何者かになりたい」という気持ちは、時に人を苦しめます。

しかし同時に、その欲望があるからこそ、人は明日を生きようともするのではないでしょうか。

『あすなろ物語』は、何者にもなれないかもしれない不安と、それでも生きていくしかない現実を、静かに突きつけてきます。

そしてその先で、こう問いかけてくるのです。

「あなたは、何者になりたいのか?」ではなく、

「あなたは、どう生きたいのか?」と。

何者かになりたい、という言葉今も昔も我々を悩ます言葉であり、そしてそれに対する正解も不正解もないのだと教えてくれた一冊です

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