【中1の教科書で読んだあの話】『トロッコ』感想・あらすじ・解説|大人になって刺さるのは最後の一行 ── 芥川龍之介

日本文学

はじめに

あなたはふとした瞬間に、人生の長い道のりに疲れて、立ち止まりたくなることはありませんか。

今回ご紹介する芥川龍之介の『トロッコ』は、少年良平の好奇心と恐怖心を描いたわずか十数ページの短編です。国語の教科書で読んだ、という方も多いのではないでしょうか。

私🍏も授業で読みました。正直に言うと、あのときは何も感じませんでした。「トロッコに乗って遠くまで行って、帰るのが大変だった話」——それくらいの印象でした。

でも大人になってから読み返してみると、この作品の深さに驚きます。

特に最後の文章は読後の余韻が凄く今の自分の人生について考えさせられます

こんな人におすすめです。

  • 文学作品を読んだことがない初心者の方
  • 教科書で読んだけれど内容をほとんど覚えていない方
  • 毎日の仕事や生活に、なんとなく疲れている方

あらすじ

小田原から熱海へ向かう鉄道の工事現場。そこに住む八歳の少年・良平は、土工たちがトロッコで土を運ぶ様子に強く惹かれます。

毎日工事を見物しているうちに土工たちと顔なじみになり、ある日ついにトロッコを押す手伝いをさせてもらえることになります。

喜び勇んでトロッコを押す良平でしたが、線路を進むうちに、気づけば家からずいぶん遠い場所まで来ていました。茶店で休憩していた土工たちは、良平にこう告げます。

「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから」

突き放された良平は、たった一人で、暗くなりかけた道を走って帰らなければなりません。

日が暮れていく山道を、良平はただ走ります。そしてようやく自分の家の門口にたどり着いたとき——

彼の家の門口へ駈けこんだ時、良平はとうとう大声に、わっと泣き出さずにはいられなかった。

父母や近所の人が集まってきて、泣く理由を尋ねます。しかし良平は、何を聞かれても泣き続けるしかありませんでした。


少年の好奇心と、その純粋さ

大人になってから読み返すと、良平のトロッコへの執着が少し不思議に思えます。なぜあれほどトロッコに惹かれたのか、理屈では説明できません。

でも、それが少年時代の好奇心というものだと思います。

理由もなく、ただそれが好きで、夢中になって、「もう押さなくていい」と言われることを恐れるほど没頭する。そんな純粋さは、大人になるとどこかへ消えてしまいます。

この作品を読むたびに私🍏は、あの頃の自分はいつの間にこんなにも情熱がなくなり打算的になったのだろう、と感じます。今の私が何かに夢中になるとき、必ずどこかで「これは何の役に立つのか」を計算しているからです。


走るために、捨てていくもの

良平の好奇心とトロッコを押させてもらえるという喜びは、家から遠ざかるにつれて、少しずつ恐怖に変わっていきます。

そして土工に突き放された瞬間、良平の中で何かが切り替わります。ここからの描写が、この作品でいちばん見事なところです。

良平は走るために、持っていたものを次々に捨てていきます。

彼は路側へ抛り出す次手に、板草履も其処へ脱ぎ捨ててしまった。

さらに走り続けるうちに、こうなります。

羽織を路側へ脱いで捨てた。

板草履を捨て、羽織を捨てて、裸足で走る。

大人になってからこの場面を読むと、ここの良平の勇気とやるしかないという気持ちに勇気づけられます。本当に切羽詰まったとき、人は余計なものを捨てないと前に進めない。体裁も、見栄も、持ち物も、全部置いていくしかない瞬間があります。

そしてもう一つ気づいたことがあります。

走っている間、良平は泣いていません。

泣くのを我慢したのではないと思います。泣いている場合ではなかったんです。泣いたら止まってしまう。止まったら帰れない。だからただ走った。

泣いたのは、家に着いてからでした。この順番が、この作品を名作にしていると思います。


最後の一行が、大人の心に刺さる

さて、ここからが本題です。

物語の末尾で、時間が一気に飛びます。芥川はこう書いています。

良平は二十六の年、妻子と一しょに東京へ出て来た。今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆を握っている。

ここを読んだとき、私🍏は本を閉じました。

あれほど夢中でトロッコを押した少年は、二十六歳になって、東京の雑誌社の二階にいます。他人が書いた文章に、赤を入れる仕事をしています。妻子を養う立場になっています。

自分の好奇心のためにトロッコを押していた少年が、今は誰かの原稿を直している。

そしてこの後の一文です。

が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。全然何の理由もないのに?――塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している。…………

塵労に疲れた

芥川は、二十六歳の良平をこう書きました。日々の雑事に疲れきった、という意味です。

ここで、あの日の暗い道と、大人になった良平の毎日が完全に重なります。

子供の頃、一人で走り抜けたあの薄暗い道。先が見えなくて、心細くて、それでも走るしかなかったあの道。

それが、今も目の前に続いている。

これは「思い出は美しい」という話ではありません。むしろ逆です。あの日の心細さは終わっていなかった。大人になっても、形を変えて、まだ続いている——そういう話です。

私🍏はこの数行を読んで、今の自分の生活と良平を重ねると

毎日会社に行って、やるべきことをやって、疲れて帰る。先のことは分からない。それでも進むしかない。あの日の良平と、今の自分に、本質的な違いがありません。

芥川はそれを、たった数行で書いてしまいます。


最後に

『トロッコ』は文庫本で読めばわずか十数ページの短編です。それでも読み終えた後に残る余韻は、長編小説に引けを取りません。

もしあなたが今、なんとなく疲れているなら。目の前の道の先が見えなくて、立ち止まりたくなっているなら。

一度この短編を読んでみてください。

芥川は「がんばれ」とは言いません。「道は明るくなる」とも言いません。ただ、あなたの前に続いている薄暗い道を、そのまま書いてくれます。

そして不思議なことに、それがいちばん慰めになります。

泣きたくても泣かずに走り続けたあの日の良平は、今も私たちのすぐ隣にいます。


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