芥川龍之介『戯作三昧』|創作に没頭する人間の心理【感想・あらすじ】

読書

はじめに

「人は、何かに夢中になったときにどんな感情を抱くのか。」

今回は、芥川龍之介の短編『戯作三昧』について、あらすじ・感想・解説を交えてご紹介します。

『戯作三昧』は、滝沢馬琴を主人公にした作品で、彼の創作に対する苦悩、周囲からの批評への苛立ち、そして何よりも“書くことそのもの”に感じる喜びが描かれています。

物語の中での馬琴は自尊心が高く、世間の煩わしさに度々腹を立てる人物として登場します。しかし、創作に向かうときの彼は驚くほど真摯で、良い作品を生み出そうとする姿勢は非常に魅力的です。

誰もが寝静まった夜、ひとり机に向かって原稿を重ねてゆく彼の姿は、創作という行為の美しさそのものを表しているように感じられます。

まだ読んだことがない方は、ぜひ手に取ってみてください。

戯作三昧はこんな人におすすめ

クリエイター

何かを生み出そうと努力している人

課題にやる気が出ない人

戯作三昧のポイントテーマ・キーワード・魅力
芋粥
芋粥

創作するという行為

夢中

やる気

あらすじ

作家の滝沢馬琴は、銭湯で汗を流していた。すると近くの客が、わざと聞こえるように自分の作品の悪口を言っているのが耳に入り、馬琴は憤りを覚えながら帰路につく。

家に戻ると、作家を見下したような態度の担当者が原稿を催促しに来ていた。馬琴はその失礼な物言いに我慢できず、追い返すようにして帰らせる。

そのあと訪ねてきた芸術仲間には、創作の遅れや行き詰まりを打ち明け、「もう作品と心中するしかない」と冗談めかしながらも本気のように語る。

家族が寝静まった深夜、ひとり机に向かった馬琴の心に“創作の光”が差す。

彼は自分でも制御できないほど執筆に没頭し、世間のくだらない出来事を忘れ、書くことの歓びに包まれながら筆を走らせるのだった。

戯作三昧の核心――創作という“純粋な悦び”

『戯作三昧』という作品の最大のテーマは、やはり 「創作するという行為そのものの美しさと喜び」 にあります。

作中の滝沢馬琴は、気難しく、自尊心が高く、周囲から見ると近寄りがたい人物として描かれます。

もし身近にいたら、気軽に声をかけるのはためらわれるような人物像です。

そのため、読者の無神経な野次や、作家を見下す担当者に対しても、愛想のない、どこか刺々しい態度をとります。

しかし――。

そんな馬琴がひとたび机に向かい、創作の“火”がついた瞬間、彼の内側は大きく変わります。

日常の苛立ちも、くだらない社会の雑事もすべて消え、

ただ 「創作すること」 だけが彼の世界の中心を占めるのです。

芥川は、その瞬間を次のような文章で描きます。

> 「この時彼の王者のような眼に映っていたものは、利害でもなければ、愛憎でもない。まして毀誉に煩わされる心などは、とうに眼底を払って消えてしまった。あるのは、ただ不可思議な悦びである。あるいは恍惚たる悲壮の感激である。」

この一節には、

芥川自身が抱えていた創作への情熱、そして“書かずにはいられない者”の心情 が強く滲んでいます。

創作の最中だけ、人は損得や評価から解放され、

「人生」が、美しい“鉱石”のように輝いて見える――。

芥川はその瞬間を、馬琴の姿を通して描いたのです。

これは小説家だけに限りません。

絵、音楽、プログラミング、ブログ、アプリ制作……。

この世界で何かを「つくり出す」人なら、誰もがこの感覚に心を揺さぶられるのではないでしょうか。

『戯作三昧』は、馬琴という人物の物語であると同時に、

創作を愛するすべての人への賛歌 ともいえる作品なのです。

人間はいつ“やる気”に火がつくのか

宿題、課題、レポート、プレゼン資料――。

年齢に関係なく、私たちは何かに追われながら生きています。

期日は分かっている。やらなければならない。それでも、後回しにしてしまう。

これは多くの人に共通する、人間の性です。

『戯作三昧』では、家族が寝静まった深夜、ただひとり机に向かう滝沢馬琴の姿が魅力的に描かれます。

馬琴は決して愛想のいい人物ではありませんが、執筆の“スイッチ”が入った瞬間、彼は誰よりも純粋に、誰よりも美しく創作に没頭します。

私たちは馬琴のように美しい姿ではないかもしれません。

しかし“やる気が出ない”と言いながらも、

ひとたび手を動かし始めると、後回しにしていた自分が嘘のように集中してしまう

――この感覚を、誰もが経験しているのではないでしょうか。

やりたくなかったはずが、始めた途端に夢中になってしまう。

これも人間に備わった不思議な性です。

『戯作三昧』で馬琴は、作家を下に見る担当者から原稿の催促を受け、怒りをあらわにします。

私たちも、先生や教授、上司、同僚から催促を受けると、やる気が削がれ、ますます取り組みたくなくなるものです。

しかし一度、課題に没頭し始めると――

その催促をしてきた人々の顔は、不思議と頭に浮かびません。

怒りもストレスも消え、ただ目の前の作業だけが“世界”になる。

馬琴が創作に没入する場面は、この人間の性質を鋭く描き出しているのです。

もちろん、課題そのものが全く楽しくない場合、すぐに“没頭”はできないでしょう。

でもその時、こう考えてみる必要があります。

本当にイヤなのは、課題そのものなのか。

それとも、催促・締切・評価といった、周囲の雑音なのか。

芥川龍之介は馬琴の姿を通して、

“没頭する瞬間の純度”

“やる気が生まれる構造”

そして

“人間が創作に救われる理由”

を描き出しています。

『戯作三昧』は、ただの文豪の生活描写ではなく、

「やる気とは何か?」という普遍的なテーマに触れる作品 として読むこともできるのです。

最後に

今回は芥川竜之介の書いた戯作三昧について私なりにあらすじ・感想・解説を交えてご紹介しました。

クリエイターとしての滝沢馬琴を通して私達が何かを創作する美しさと喜び。

そして人間がやる気を見出す瞬間。

夜中1人で創作する滝沢馬琴の姿をカッコいいと思い、そして共感し心が打たれるのではないでしょうか。

非常に読みやすい作品ですので是非手にとって読んでみてください

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