はじめに
今回は魯迅が書いた故郷について書きたいと思います
故郷は魯迅の書いた短編小説で、故郷を離れ大人になった青年が故郷を訪れ旧友と再開する物語です。
故郷という言葉を聞いて抱く感情は人それぞれだと思いますが、誰しもが故郷を持っていると思います。
私はこの作品を読み返す度に故郷と旧友と、昔の自分を思い出します。
どんな人でも共感出来る素晴らしい短編作品だと思うので是非一度読んでみてください
故郷のポイントテーマ・魅力

・故郷
・旧友
・身分差
故郷はこんな人にオススメ
・最近故郷に帰っていない人
・忙しい今の生活に疲れている人
あらすじ
実家の経済状況が立ち行かなくなった為、私は故郷の実家を売却し故郷に残っている母親と共に新しい土地へ引っ越す事を決める。
故郷に帰ると多くの懐かしい顔と遭遇し、なかでも小さい頃雇っていた、小作人の子供の閏土が引っ越しの手伝いにくると聞いた魯迅は、当時閏土と遊んだ楽しい思い出が蘇ってきた。
閏土と再開出来ることを楽しみにしていた魯迅だったが、再会すると閏土は子供の頃気にしていなかった身分差と自分の貧しさを引け目にとり、私と楽しく昔話しをすることはおろか、私の事を旦那様と呼ぶようになっていた。
魯迅は家の整理を終え故郷を離れながら、これからの時代を生きる人間が自分と同じような苦しみを抱かないよう願った
子供の無邪気さと大人の窮屈さ
子供の頃、家柄や、その家の経済状況で友達を選んだりはしません。しかし大人になると相手の社会的地位や自分の立ち位置で付き合う相手や言葉を選ばなければならない場面が多くあります。
魯迅と閏土は身分差がありましたが子供の頃何も気にせず遊んでいました。しかし大人になると閏土は自身の身分をわきまえ魯迅と昔のように楽しく話すことはしません。
閏土は大人になり子沢山、飢饉、重税、役人、地主など実生活に追いやられ何も考えられなくなってしまいます。
大人になったにも関わらず目上の人に敬語を使わないのは非常識だと思いますが、昔遊んだ旧友とそのような関係になるのは悲しいです。
さらに作中で魯迅の甥と閏土の息子が、昔の魯迅と閏土のように仲良くなりますが、その光景がよりこの二人の関係の切なさを際立てています。
大人になると分かってしまうこと
魯迅は故郷に帰ると閏土以外の人とも再会します。ある近所の豆腐屋のオバサンは、魯迅を僻み、実家にある金目の物を何かと理由をつけて取っていきます。
小さい頃当時は何も思いませんでしたが、大人になるとそのオバサンの卑屈さが嫌でも目につきます。
閏土との身分差もそうですがこのオバサンも大人になって再会すると抱く感情が複雑になってしまいます。
閏土も子供の頃多少貧乏でも楽しく過ごせていますが、大人なり抱える事が多くなり人間としての感情が薄くなっています
故郷を考える
魯迅は作中で故郷についてこのような事をいっています
僕が考えている故郷はこんなものではなかった。僕の故郷は遥かに美しかった。しかしその美しさを思い出し、その良さを語ろうとすると、その面影はきえ、言葉も浮かばない。
さらに魯迅はそんな故郷を離れる際に
甥っ子と閏土の息子が今後も仲間でありたいがために自分のように苦しむことを望まない。
甥っ子と閏土の息子が閏土のように苦しみのために無感覚になってしまうのを望まない。
甥っ子と閏土が苦しみのために身勝手に生きるのを望まない。
新しい時代の彼等は自分達が感じた苦しみを味あわないでほしいと希望を抱いています。
オバサンも閏土もそして私も大人になり社会に揉まれた結果それぞれの苦しみを抱いています。
故郷に戻り自分達の世代が味わっている苦しみ再確認しながらこれから生きていく世代には同じような苦しみをいだいてほしくないと願っているのです。
故郷は旧友と疎遠になり大人ゆえの苦しみが描かれていますが、最後に次世代への希望を描いているように思います。
最後に
今回魯迅の書いた故郷についてあらすじ、感想、そして私なりに解説をしてみました。
この本を読むと故郷を思い出すだけでなく、昔の旧友を思い出しそして当時の自分を思い返す事ができます。
故郷から離れ年をとると中々故郷を思い出す機会もあまりないかと思います
故郷という言葉からネガティブなものを想像したとしても、現在の自分があるのは故郷があるからだと思います。
その故郷を思い返せる時間というのは今の自分を見つめるキッカケになるかと思います。
この作品はそんな貴重な機会を与えてくれる素晴らしい作品だと思います。
是非この機会に魯迅の描いた故郷を手にとって読んで見て下さい
コメント