「決断力」:羽生善治[書評・感想]

読書

はじめに

今回は羽生善治の「決断力」について書きたいと思います。羽生善治といえば日本代表する棋士。


この「決断力」という本は彼に将棋に対する姿勢・考え方が書かれており、その姿勢は棋士や将棋に詳しくない私🍏のような人が読んでも勉強になる所が数多くあるように思う。


またこの本を読む中で彼の情報社会にたいする考えというのも書かれているのでそちらについても書きたいと思う

羽生善治にとっての将棋

この本を読んでまず思うのは彼の将棋に対する貪欲な姿勢である。貪欲な知的好奇心ともいっていい。
彼は賞金・タイトルに関心をもっていない。読んでいると勝利にもあまりこだわっていないように思う。


彼が将棋を指す一番の目的は「こういことができた」「こういうことを考えることができた」彼はそこに人生の楽しみと有意義さを見出している。


この感性は凄く大事なように思う。目先の利益に捕らわれず人間として思考の楽しみを何よりの生きがいとすることで人生が豊かになるのではないだろうか。


私🍏はいまでも覚えているが、小学生の頃初めて二十飛びが出来た時、初めて九九が出来た時、初めて逆上がりが出来た時、なんとも言えない快楽を感じた。


「出来なかった事が出来るようになる」この気持ち良さを忘れてしまったら人生が一気に味気のないものになってしまう。


これは別に棋士だけではなく生活や仕事にも当てはまるのではないだろうか。会社から要求された数字や目標、攻略できなかったゲームのボスやダンジョン。

最初は出来ないかもしれない。だがそこから自分で悩み、思考することによって出来るようになった時、人生は一気に楽しくなる。

情報社会と将棋


この本が書かれたのは2005年。ネットが当たり前のものとして普及し、将棋界にも棋譜のデータ化や戦法の分析・体系化、などが一気に進み始めた時代。


情報化されていな時代であれば新手を発明すると勝ち星をある程度稼ぐことが出来たらしいが、今では東京で行われた対局を大阪でリアルタイムに見れて、試合後にはすぐに分析されるような時代となり、たとえ新手を発明したとしても勝てて2局らしい。


さらにはITを駆使して、学習や分析も行いやすくなった現代では、最先端の情報を知識を知らなかったというだけで負けてしまうという事も大いにあるらしい。本当に厳しい世界である。


多くの棋譜が情報として誰でも見れる時代となったことで、アマとプロとの差が昔より縮まり、情報で溢れている中で大事なのは分析に値する棋譜かそうでない棋譜かの取捨選択できる能力が大事だと述べている。


この感性はいくらAIが発達しても数値化して可視化するのは難しいのではないのだろうか。
彼は本の中で「直感の7割は正しい」といっている。これは決して当てずっぽうが正しいという事ではない。


日々何か新しい発見・アイディアは無いかともがき、模索し挑戦しそこから失敗や成功を経験した上で、学び、反省を行う者は直感の精度が向上する。

知的好奇心と情報化社会


DX・IT・IOT・ブロックチェーン・AWS。新しいサービスやコンテンツがいくつも誕生し本当に色々な事が便利になり簡素化、効率化されるている現代。

そのお陰で私達は昔ほど自分で動いたり、考えたり、汗をかく必要がなくなったように思う。


言い換えれば昔は塗装もされてなく、デコボコの道を這いずりながら、汗をかきながら、悩み考えながら遠回りをしていた。それを今では綺麗に塗装された歩きやすい一本道が用意され私達は何も考えずに用意された道を歩けば良いだけなのである。


しかし、綺麗な近道は確かに便利だがそこから私達が得るものはなにかあるのだろうか。


この本のなかで彼は非効率的な勉強法や使えなくなった古い将棋の知識が、対局の際に未知の場面に遭遇した時に役に立つことが多いと述べている。近道思考で自ら汗をかくことなく得た知識というのは知識になるだけで自分の知恵とはならず身につくものがすくないのかもしれない。


私🍏の例でいうと昔は読みたい本が有れば書店や図書館に行き自分の興味がありそうな本棚を探し、いくつか手に取って本を選択していた。今は違う。今はネットで「〇〇〇 おすすめ 本」と検索して評価が高く、おもしろそうな物を選択して最安値ショップを探し購入する。


確かに便利だがそこには本を選ぶまでの思考はだいぶ減ったように思う。図書館をブラブラしながら自分が読む予定の無かったジャンルの本をたまたま手に取ることもない。

もしかしたら遠回りをすることで偶然出会えた、自分の人生を大きく変えた本との出会いがあったのかもしれない。


最近面白いニュースを見た。コロナの影響もあるのだろうが、近年キャンプ人口が増加しているらしい。キャンプでは暑くても、寒くてもエアコンはない。火も自分でおこさなかればならない。


自宅であればスイッチ一つで出来ることをわざわざお金と時間をかけて遠回りしてキャンプを楽しんでいる人が増えてる。もしかしたら私達は効率化、簡素化を求めていながらあえて非効率化を行うことで「人間性」や「思考力」を取り戻しているのかもしれない。


この本を読むことで彼の将棋に対する姿勢、人間として思考する事の楽しさを知ることが出来た。その多くは私達の生活にも当てはめることができる。


ここまで便利な時代になったからこそ遠回りして、自分で汗をかいて考え、悩むという事が重要な時代が訪れる気がする。

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