はじめに
今回は村上春樹の海辺のカフカについて私🍏なりに、あらすじ、感想、そして解説をしていきたいと思います。
自分の居場所を探すため家出をした15歳の少年と、幼少期に記憶を失い知的障害者となった老人を描いた作品です。
私🍏は村上春樹作品の中で、この海辺のカフカが1番読み直している回数が多いと思います。
高知の海辺に作られた市立図書館を舞台に、ベートーヴェンの大公トリオが流れているこの作品は私🍏を強く惹きつけます。
海辺のカフカのポイントテーマ・魅力・こんな人にオススメ
「海辺のカフカ」はこんな人におすすめ
・10-20代前半 ・今の自分の環境を変えたい人
あらすじ
主人公の田村カフカは幼少期に母親に捨てられ、父親と東京で暮らしていた。家庭でも学校でも自分の居場所は無く、自分の感情を隠して生活を行い、今の環境から逃げ出し自分の居場所を求める為に家出をして高知に向かう。
同じ東京で知的障害者として生活を送っていたナカタさんも入り口の石を見つけるために高知に向かう。
立場も年齢も環境も異なる二人が同じ高知に向かい、二人の物語が交差していくなかで、少年は高知の私立図書館に身をよせそこで様々な人と出会い自分の居場所や家族について考える少年の成長物語。
家出
単調な生活を送っていると、仕事や学校の人間関係が煩わしくなり、自分の事を誰も知らない世界に行きたいと感じる人もいるのではないでしょうか。
この作品の主人公だけではなく、今の環境から抜け出したいという願望は思春期の少年少女だけでなく誰しもがもっている願望かもしれません。
主人公のカフカは学校、家庭に居場所が見いだせず家を飛び出し特に何も考えず高知に向かいそこで私立図書館のスタッフである大島さんと出会いそこで生活を行います。
同じようにもう一人の主人公であるナカタさんも、中野区から出たことがありませんでしたが、入り口の石を見つけるために初めて外に出て高知に行きます。
そしてナカタさんと一緒に旅するホシノも今まで真面目なドライバーとして働いていましたが、ナカタさんと一緒に高知を旅します。
この作品の主要人物である三人がそれぞれ今ある環境から抜け出して生活を送っていますが、私は物語の最後にカフカが大島さんに言ったこのセリフがとても好きです
「逃げまわっていても、どこにもいけない」
作品が進むにつれカフカは学校だけでなく警察からも追われる立場になります。そこで最初彼は逃げる為森の奥深くに身を隠しますが、最終的に逃げても良くならないと考え東京に帰るのです。
人生は自由に見えて基本的に受け身で進んでいくもので、簡単に自分の力で物事を決めて行くのは難しい、確かにそれはツマラナイ事で、特に15歳の少年からしたら凄くストレスを感じると思います。ただこの家出を通しそれを受け入れる人間になれたというのがカフカにとっての成長だと思います。
嫌な環境から逃げるのは良くない事ですが
環境を変えること自体は良いことだと思います、ナカタさんは今まで知的障害者で知識も文字も読めない空っぽの人間でしたが、高知に行き初めて健常者の頃の元の自分に戻りたいと強く願うようになりました。またホシノはナカタさんと出会い、人生の考え方が変わり、初めて図書館に行き本を読み、クラシックに興味を持つようになります。もし彼がナカタさんと出会わなければ彼は味気ない単調な人生を送って終わってしまったかもしれません。
入れ物・失われた・空っぽ
この作品で「入れ物」「失われた」「空っぽ」という単語が多く出てきます。
失われた人というのは、過去に最愛の恋人を失った佐伯さん。幼少時に思い出や知識の全てを失ったナカタさんをさしていますが、作品の中でホシノのこういうセリフがあります。
「ナカタさんは自分が空っぽだと言う。そうかもしれない。でもじゃあ俺はいったい何なんだ?ーーーナカタさんは少なくとも。わざわざ四国までついていこうと俺に思わせるようななにかがあるものな。―――それがどんなものなのか、実際のところは俺にもよくわからんけどね」
そして最後にナカタさんにお別れをいうシーンでは
「これから何かちょっとしたことがあるたびに、ナカタさんならこういうときにどうするだろうって、俺はいちいち考えるんじゃねぇかってさ。なんとなくそういう気がするんだね。で、そういうのは結構大きなことだと思うんだ。つまりある意味ではナカタさんの一部は、俺っちの中でこれからも生き続けるってことだからね。まあんまり大した入れ物じゃねってことはたしかだけどさ、でも何もないよりゃいいだろう」
また過去に恋人を失いそれを引きずって生きている佐伯さんが最後カフカにこういうセリフを言います
「私があなたにだけ求めているのはたったひとつだけ、あなたにわたしのことを覚えていてほしいの。あなたさえ私のことを覚えていてくれれば、他のすべての人に忘れられたってかまなわない」
佐伯さん、ナカタさんが確かに失われた存在だったかもしれませんが、誰かの中で入れ物として生き続ける、というのが分かります。
そしてホシノやカフカも失われていない存在かもしれませんが、ホシノが言っているように彼等も空っぽな存在です。しかし、そんな彼等も二人に出会い思い出を入れることで空っぽな存在ではなくなるのではないでしょうか。
ホシノはナカタさんと出会い大きく変化しますが、カフカも同じように高知へ行き大島さんや佐伯さんと出会うことで自分の中に色々な物や考えかたを入れていき成長していきます。
私🍏はこの海辺のカフカを読み感じるのは、失われた存在のナカタさんや佐伯さんはホシノやカフカに大きな影響を与えている存在であり決してたなにも持ってない空っぽな存在ではないのではないかと感じます。
自分があまりにもちっぽけで、なんで生きているか分からない、という人でも誰かしらに何かを与えている。そんな風にも読み解ける作品だと思います。
最後に
以前紹介した1Q84も不思議な世界のお話でしたが海辺のカフカも同様に不思議な世界のお話です。
今回詳しく紹介していませんが、自分の母親であろう佐伯さんとの関係や、失われたナカタさんの過去の話など本当不思議で独特な世界観です。
個人的にですがこの物語に出てくるホシノが村上春樹作品の中で1番好きな登場人物で、良い意味で村上春樹作品らしくなく、非常に人間くさい彼がとても好きです。不思議な事がどんどん起きる物語の中に人間くさい彼がいる事で不思議な物語がもっと引き立つような気がします。
村上春樹作品は無駄にオシャレな食事や文学、音楽が出てきたりすることが事が多いですが、ホシノが食べる素朴な定食屋のご飯屋さんの雰囲気が凄く好きで何回も読み直してしまいます。
読み終わった後、「結局何がいいたかったのか分からなかった」
という感想を抱く人も多いかもしれません。
ただ、私🍏はこの作品を読んで、今の環境からとびだし、山奥小屋で過ごすカフカや図書館で生活する様子に惹かれて気づいたら再読している村上作品です。
今回「海辺のカフカ」について私🍏なりに、あらすじ、感想、そして解説をしてみました。
読んだことがない人は是非手にとって読んでみて下さい
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